トマト丸 北へ!

本と映画、日々の雑感、そしてすべての気の弱い人たちへのエールを

すぐ死ぬんだから

内館牧子

 

尊敬する内館さんらしい、エッジの効いたビビッドな作品。

テーマが老人の生き方であるのにも関わらず、説教臭くない。

主人公「忍ハナ」のモットーは「人間は外見がすべて」ということ。

「気合と努力で十歳は若く見える」と豪語するハナは、老人向け雑誌に載るほどのファッショナブルな装い、堂々とした態度で生きている。自分磨きは「外見から中身へ」というのが信条だ。

彼女の夫は「お前と結婚できたのが人生で最高のこと」と常々言い、耳に胼胝ができるほどである。その夫岩造と常に行動を共にし、近くに孫も子もおり、娘の苺は度々訪ねてくるし、楽しい人生だ。唯一の不満は嫁が気に入らないこと。嫁は家業の酒屋の店番もせず、画家気取りで趣味の絵を描いてばかりいるのだ。

このあたり、内館さんのNHK大河「毛利元就」に出てくる側室の「女は顔じゃ」という名セリフを思わせる。言い切ることは気持ちの良いことだ。

確かに、外見を軽んじて「人間は中身よ」と言い張る人間に限って中身もそれほどでもないことが多いのはハナの言う通りである。(実は私も、公言したことこそないが、内心は「人間は中身」派なので、痛いところを衝かれた感じ)

だが、中盤で、あろうことか岩造に40年以上付き合った内縁の妻と隠し子が居たことが発覚する。岩造は急死し、遺言に彼らの名が記されていたのだ。ここらあたりからが内館さんの真骨頂となる。

但し「妾」は立派な医師であり、イケメンのその息子も新進の建築家。いわゆる「囲い者」ではなく見た目も魅力的なキャリアウーマンだ。遺言も、岩造が大切にしていた掛け軸「平気で生きている」。その一本だけなのだ。

岩造の死に打ちひしがれていたハナは怒りのあまり奮起する。裏切っていた岩造のことは記憶の底に葬り、妾もその息子も許し、菩薩の心境になる。そうして、息子や嫁の協力もあって「角打ちのママ」という新しい仕事を始めるのだった。これは、おそらく彼女にぴったりの天職だ。

ほんとにほんとにおもしろい。この作品は多分テレビドラマになるだろう。キャストを色々考えるのも楽しみだ。

岩造の「遺言」は、おそらくハナへの復讐だと思う。この夫婦の力関係は偏っていた。

妾の薫が掛け軸を受け取るはずがないことは岩造も分かっていたはずだから、これはハナへ真実を知らしめるための時限爆弾だったのだ。

しかし岩造がハナを大切にしていなかったわけではない。岩造にとってハナとの生活は「仕事」だったのだと思う。まじめな岩造は、その仕事を完璧にこなしたのだ。だから彼は夫としてハナを裏切っていたのではなく、「ハナの夫」という仕事を有能にこなしていただけなのだ。

しかし人間としてはハナを憎んでいたのかもしれない。でなければ、こんな残酷なことができるわけがない。ほとんど実効のない遺言でハナの半生も誇りもズタズタにし、子供たちも傷つけた。

それはハナの方でも岩造を人間として見ていないからではないか。

ハナと薫の違いは籍を入れていたというだけだが、薫はとことん謙り、ハナは一方的に薫をいびる。これは、「大事にしていた物を盗まれて憤る」という感覚に近いような気がする。

ハナにとっては、「役割としての夫」だけで十分だったのだ。でなければ、薫の存在に全く気付かないわけがない。

そして実はこういう夫婦はたくさんいて、その方が愛のある夫婦よりもうまくいってることが多いのではないかと思う。その証拠に恋愛結婚のほうがお見合いよりも離婚率が高い。

それでも、情が無いわけではない。職場の人間とでも、やはり人間関係はあるし、その在り方は様々。家庭を職場としてお互いに多くを求めず淡々と仕事をこなし、協力していく。年月を経てその関係は親しみを生み、心地よさもあるのだろう。

などと様々色々考えたりできる作品でもある。内館さん、すごすぎる。