トマト丸 北へ!

本と映画、日々の雑感、そしてすべての気の弱い人たちへのエールを

散々な一日

まず、応募していた原稿の落選通知が二つ。

何も同じ日に到着しなくてもいいじゃないか、と思うが、私の、ヨナの日だったらしい。

次から次へと気落ちすることが起こる。

御神籤は凶。

身近な人の癌再発の知らせ。

排尿困難。

家族のいつものパワハラ

そしておまけとして、近所の親しい人が尋ねてくれたのに、うまく対応できなかった。

気分を転換しようと丸善へ行くつもりで支度していたら、その人が様子を見に寄ってくれたのだが。

コミュニティバスの発車まで後五分というタイミングだった。

大急ぎで出てみると、その人だけでなく、他に二人の人物が門前に立っている。挨拶に応えるでもなく、にこにこかニヤニヤなのか判別し難い表情で立ってた。あまり良い感じを受けなかった。

会話はその二人に聞こえる範囲で行われた。私は出かける直前であることを伝えたが、その前に親しい人が私のプライベートなことを話題にしたので、少しぶっきらぼうな言い方になってしまった。他の二人と共有したい話ではなかった。彼女は少し気を悪くしたように見えた。

流石に落ち込む。

無理に元気を出さず、ゆっくりと自分の気持ちを観察してみた。

自分は大抵のことより人間関係のいざこざを気に病むということが分かる。温かい家庭があれば、近所の人と明るく話せたなら、だいぶん気分も変わっていただろうと思う。また、嫌なことの方がクローズアップされてしまう。十人のうち一人がいじわるだったとして、残りの人たちよりいじわるさんの影を大きく感じてしまって苦しむのだ。

それ以外のことなら、立ち向かえるのに。

病気の人には全力でサポートすると決意した。

作品は、応募できたことがまず良かった。

この間下手くそな書道の作品を仕上げたのだが、何も考えずにとにかく百枚書こうと決めて、書いた。私にしては良い作品になったのと、音が消えるくらい集中できたのが良かった。

筆を置いたとき、ふっと周囲から音が戻って来る感じ。

他の書き物も、とにかく百篇、仕上げてみようと思う。いちいち落胆せずにがーっとやってみる。笑う人がいても、批判する人がいても、関係ない。

この間家人と話していて、彼がひとつだけ良いことを言った。

「他人に認められる必要はないんだ。認められようとすると、嫉みや憎しみや、余計なものが湧いてくる」

「他人に認められる必要はないんだよ」って、いい言葉だと思う。

いちいち顔を上げて周囲を見回したりしないで、まず数をこなして行こう。

そうだ。どこかへ行って、お参りして、運を変えなくちゃ。

だれにも雨の日はある。