トマト丸 北へ!

本と映画、日々の雑感、そしてすべての気の弱い人たちへのエールを

コロナの時代の幸せ

ふらっとどこかへ行きたい。

一人で旅がしたい。

かなえられなくなった小さな楽しみ。

世界は変わりつつある。

この疾病が世界を覆うようになってから、テレビ、新聞、ニュースを見ることが増えた。

それで思ったのが、世の中には案外バカな人が多いということだ。

これまではバカなのは自分、であり、世の中の大部分の人は私より賢いし、堅実だし、正しいことを行ってる。そういう人たちでこの世は回っている。そういう風に考えて来た。この考え方は、おおむね合っていると思う。

でも、まるで幼い子どものように、周りの人たちが揺るぎなく正しいように感じていたのは違っていた。

でも、違った。けっこうアホが多い。というか、賢い人たちも間違うことがあるということを実感したのだ。

そういう目で見ると、私自身の周りにも、間違ってる人が多いことに気付いた。というか、人は間違うものなのだ。

むやみに誰にでも恐れ入っていた自分が、最大の間違いを犯していたのだ。他人に頼っていてはだめなんだ。往々にして人は間違うが、間違いを犯しても、人格を否定されることはない。

そんな風に思えるようになった。

自分の判断で行動したほうがいい。違っていると思ったら、指摘すればいい。その指摘も、間違ってるかも分からないが、みんなで発言することで少しはよりよい道筋が見えてくるのかも知れない。

気付けたのが、コロナ時代の幸せ。

で、言いたいことが一つある。

この国を動かしている人たち、一刻も早くコロナを終息させてほしい。

今までになかった事態なのだから、誰にも正しい判断は出来ないと思う。間違ったとしても、責めることはできないのではないか。かじ取りは難しいと思う。

みんな一生懸命だと思うし、体を張ってがんばってくれている人も多いだろう。

しかし、「一刻も早く終息させる」という決意が感じられない。どうせワクチンか治療薬が開発されるまで終息は無理なんだから、それまで時間を稼ごう、という姿勢に見える。

でも、ほんとうにそれまで手をこまねいていていいのだろうか。

その間に、どんどん民は疲弊していってるのではないだろうか。

エビデンスを示さなければ」とよく言われているが、初めての事態で確実な方法などない。少しでも良さそうなこと、出来ることがあればやってみるしかないのではないか。やっているうちに「エビデンス」は得られるのでは。

今年の2月ごろ、専門家はコロナウィルスを通すからマスクは意味がないと言っていた。でも、「しないよりいいだろう」とほとんどの人がマスクをした。結果、今は「マスクをしよう」となっている。「マスクをしたほうが良さそうだ」と思ってマスクをするのが、結果、良かったのではないだろうか。

「感染拡大防止」と「経済を回す」のどちらをとるか、という二者択一、もしくは両立のように言われているが、果たしてそうなのだろうか。コロナを抑え込めば、経済は自然に回っていくのではないだろうか。

今困っている人たちと、あまり困っていない人たちがいると思う。まだまだ自粛を頑張れるという人も多いだろう。でも、その陰でほんとに困ってきている人たちが増えているのではないか。困っていない筈がない。それを対岸の火事のように眺めていたら、そのうち足元の地面が口を開いてしまうのではないか。

政策の批判は、個人攻撃とは違う。いいことは良い、別の方法があると思えばそれを指摘する、ということをもっと多くの人に、特に専門家にやってほしい。力のある政治家の方々も、パワーゲームに走るのではなく、なんとかみんなで助かろうというスタンスで発言し、行動していただけないだろうか。一般の人も、もっと意見を言うべきだが、頭脳と知識のある人たち、お願いします。