トマト丸 北へ!

本と映画、日々の雑感、そしてすべての気の弱い人たちへのエールを

『逃げろ 生きろ 生きのびろ!』 たかのてるこ テルブックス

OLだった高野さんが書かれた紀行を何冊も読んで、たいへん面白かったのを覚えている。まさに「行きたいときに行きたいところへ」を 実践していた。長期休暇が取りにくいというハンディを乗り越えての旅行に、そして自由で生き生きした文章に魅せられた。

丸善で平積みになっている高野さんの本を見つけて、手に取った。「テルブックス」とあるのに気づく。自費出版か、あるいはそれに類するなにかだと思われた。

少し読んでみて、やはり買うことにした。

「置かれた場所で咲かなくていいから、逃げていいから、とにかく生きのびて」というメッセージを伝える本だ。

物理的に生きのびることが困難な場所が地球上にはたくさんある。そういう、「生きのびる」。

それから、肉体が死ぬ恐れはないけれど、その人の精神が、その人らしさがつぶされずに続いていくという意味での「生きのびる」もある。

後者は、この「人と違っていると非難を浴びやすい、つぶされやすい」日本で特に意味を持つ。

私は「変わって」いて、かつ変にまじめで臆病でもあったので、つぶされかけた。だから、この本の内容がよくわかるのだ。

何一つ人に誇れることのない人生だけど、まだ、自分自身として生きている。人に見せるための自分じゃない自分が、三歳の自分、十歳の自分がまだ生きている。それだけで(も)いいんだ、ということを、この本ははっきりと言ってくれている。

 

行きたい場所で自分らしく生きることが人類の歴史である。

 

エデンの園を追放された人類。でも、ほんとは自ら脱出したのではないだろうか。イチジクの葉っぱに始まる衣類ひとつにしても、実用的な面も大きいが、ないよりあるほうが、ずっと楽しい。

 

自分自身と仲良くできていれば、人生は何の問題もない。

 

認めてもらうために這いつくばって、私は何をしていたんだろうと思う。私をいじめた人たちより先に、自分自身がまず、自分を売っていたのだ。

そういうことを、再確認させてくれる本だった。

いちばん共感したのは、

 

自分が自分であることに安心できて、居心地よくいられる場所へ

 

という言葉だ。

それが許されない場所からは、逃げる。もしくは、できる限り距離を取る。そして今いる場所がそれが可能である場所であるならば、自分で日々それを作っていく。そういうことだと思う。

その場所は、他の人々にとっても、「自分が自分であることに安心できて、居心地よい場所」であるはずだ。

逃亡ではなく、戦いなのだと思う。その場所はどこかに用意されていて誰かが導いてくれる場所ではなく、自分で動いて探し出し、いい場所を見つけて日々作っていくものなのだ。

きらきらと恐れを知らない輝きを放っているように思っていた高野さんも、実際はそれほど恵まれた環境ではなく辛い思いをされたこともあったらしいと、後書きを読んで知った。作者も、戦ってきたのだとわかった。

そして、この本は、私にとって「安心できて、居心地よい場所」となっている。一冊の本の中にも、そういう場所を作ることができるのだ。