トマト丸 北へ!

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#この一年の変化

お題「#この1年の変化」

この1年の大きな変化と言えば、なんといっても引っ越したことだ。

真夏の引っ越しだった。

何十年も住み慣れた村落共同体から駅近のマンションへ汗だくでくらくらしながら引っ越したのだ。

坂を上り切ったところにあった以前の家など比べ物にならないくらい高い所にある住まい。生まれて初めて住む大型マンションだ。

北向きだが、駅を見下ろすことができるのが気に入っている。

明け方、大きな窓から見ていると静まり返っていた駅にちらほらと人の姿が見え始め、駅前の歩道にも通勤通学の人々が現れる。1日が始まるのだ。いちばん好きな時間だ。

駅も駅に隣接した商業施設もごく近く、マンションのごみ置き場には24時間いつでもごみが出せるし、便利でとても快適。

でも、何よりもうれしいのは、もうほとんど差別と言ってもよいくらいの酷いいぢめの構造から逃れることができたことだ。

私の何かが気に入らなかった隣家の女は、悪口、誹謗中傷の限りをつくした。面と向かって罵られることも多かった。

なんとか許してもらおうとした手に出たのがまた、いけなかった。

その小さな村落の中にいるかぎり、彼女の魔の手を逃れることはできなかった。仲間に入れてくれようとする人がいても、彼女が手をまわしてそこに居辛くさせる。たぶん彼女はできれば私を村八分にしたかったのだろうと思う。さすがにそれは出来なかったが、それでよかった!と思えるものではない。

村の外で活動するのは大丈夫だったが、本拠とする場所でことあるごとに不愉快な思いをするのは耐えられない不快だ。行く先々で誹謗中傷がばらまかれるのは、ほんとに嫌だった。彼女に追随する人たちもいた。

でも、それも終わった。

私は、逃げ延びたのだ。生き延びた。

私は、ほんとに言いたい。場所を変えるって、大きい。いぢめがひどいときは、可能なら、逃げるのがいちばんだ。

この地球上のどこでも、小さなマンションの一室でもいいから、自分が自分らしくのんびりできる場所を作って、そこへ逃げるべきだ。

彼女のことだけでなく、人生のいろいろな不運が重なって、私はほんとにへこたれていた。けっこうボロボロになっていた。

このマンションというゆるい人間関係の中で、物と人間関係を極端に減らしたシンプルな生活で、私はずいぶん回復したようだ。

まだ問題はあるし、これからも新しい問題が起こるだろうけれど、つつきまわされておびえ切った子ネズミみたいな状態は脱した。私の本来の楽観的な明るさが戻ってきたように思う。少し強くもなってきた。

これがこの1年の大きな変化である。