トマト丸 北へ!

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自分語りを減らす&話半分の法則

連れ合いとのこれからの生活の留意点として「自分語りを減らす」を一つのポイントとしたのだが、成果が出ている気がする。

「自分語り」というのは、確か小池龍之介さんの著書で知った言葉だ。そのときはピンと来なかったが、最近腑に落ちるようになった。

私は自慢などはあまりしない(その材料がない)のだが、「私はこう思う」と表現したい、そして共感してもらいたいという欲求が強いのだ。全てを語りつくそうとするので話が長い。また、相手が反論したりするとムッとする傾向がある。意見に反対されただけで、人格を否定されたように気になってしまい、躍起になって言い張るという悪い展開になりがちだ。

もう一つの私が陥りがちな「自分語り」は、傷ついた経験を話したいというもの。「こんなことを言われちゃった(何かと突っ込まれやすい風貌をしているらしく、けっこうひどいことを言われることが多い)と打ち明けて、「そうか、辛かったね」「嫌な奴だね」と言って、言葉だけでいいから味方になってほしい。何も先方へ乗り込んで抗議してほしいというのではない。「気持ちを分かって」ほしいだけなのだが、連れ合いにはそれが出来ない。その状況を分析したり、する。私は改めて傷つき、「なんで味方になってくれないのよ。その男(あるいは女)と私とどっちが大事なの?」と連れ合いに腹を立て始めるという悪い展開になる。

これを意識して止めるだけで、連れ合いは元気が出てきたような気がする。

「自分語り」を止めることは自分にとってもいいことで、楽になる。「自分語り」は、疲れるのだ。

怒りと同じで発散すると楽になったような気になるが、実は自分にも毒が回って苦しいのだ。いったん発散すると癖になりがちだという点も、同じだ。少しずつ減らすのが自分のためにもいいことなのだ。

この「自分語り」を少なくして楽になるという体験を味わって思うのは、延々自分語りを展開したりマウンティングしてくる人は、実は苦しいのかもしれないということだ。一見自慢などをして得意になっているように見えるが、実は餓えて「苦しい苦しい」と叫んでいるのかもしれない。そのことに本人は気づいていないのかもしれないと思う。

また、山口真由さんの談話にヒントを得て「話半分の法則」に気づいた。

ジェンダーの話題を振られた山口さんは、「年上の男性と会話するとき、半分以上しゃべってしまうと相手はムッとする」という意味のことを言われた。

これを聞いて思ったのは、あの(美人で賢い)山口さんでさえ「半分以上しゃべる」とそうなるのだ! ということ。私のようなパッとしない女が長々とまとまらない話をして良いわけがない。

これって、卑下しているのではなく、人の心理はこうなんだと納得したのだ。

ジェンダーの話題だったので「男性」と限定して言っていたが、これはたぶん相手が女性でも同じだと思う。相手が男性だとこの傾向が強まるということはあるだろうが。

そして感覚的に「自分は半分しゃべってる」と思ったときはたぶん半分強しゃべっているのではないか。せいぜい3分のⅠくらいに留めておくのがいいかもしれない。

これは相手が誰であっても同じだと思う。

日常を共にする連れ合いが相手だと遠慮がない分、連れ合いにとってはより面白くないことになりがちだろう。

私の性格として外で気持ちを発散できない内弁慶のため、すべてが連れ合いに向かって発散されてしまっていたのだ。このあたり、あまり好きではない我が姉に似ている点なのかも。

書いていると、ほんとに申し訳なかったと思う。

連れ合いの生活、悲惨だったかも。