トマト丸 北へ!

本と映画、日々の雑感、そしてすべての気の弱い人たちへのエールを

旅するように家にいる

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今週のお題「おうち時間2021」

私の「おうち時間」はコロナで始まったものではないが、去年からより完璧に「おうち時間」できるようになった。

それまでは「おうち時間」が大好きなのに後ろめたさを感じていた。「おうち時間」という言葉も語彙になかったから、引きこもりの非生産的なやつだと、無能だったり性格悪かったりの証明だと感じていた。どんどん自分を責めてたまらない気持になり、外の世界へ飛び出しては虐められ傷ついて逃げ帰る、ということを繰り返していた。また、一戸建てに住んでいたので、いやおうなしに近所の人たちが私の生活に侵入してきて、それもとても嫌なストレスだった。ヒロシさんの本を読んだこともあり、今は「一人で居て何が悪いの?」と言えるが、以前は自分がふがいなくてたまらなかった。新型コロナの流行によって「おうち時間」という言葉を知り、私の中でおこもり生活が正当化されて罪悪感から解放された。

たまに出ていた(シンドバッドの「海の老人」のように私を見つけると背中にのしかかってくる嫌な女がいる)趣味の会にも出席せず、引っ越したから嫌な隣家との付き合いもなくなり、買い物はネットスーパーやアマゾン。気晴らしのドライブと本屋めぐり以外はほとんど家にいるという生活を一年続けて、つくづく思った。「私はほんとにおうちが好き」。「私はほんとに一人が好き」。

家に居ても自由でのびのびしているから、まるで旅しているような気分だ。ベランダに椅子を持ち出してコーヒーを飲みながら本を読むと、どこか知らない街角のカフェでお茶している気分だ。景色は変わらないけれど空も雲も一瞬たりとも同じではない。それに本がどこへでも連れて行ってくれる。ドライブも楽しいが、歩いて行ける範囲にもいくつも発見がある。どこにでも変わった物や変わった人が存在する。深く入り込むことはなく、浅く淡く触れ合う。異邦人のように。

もし旅に出ることがあっても、本とノートとスマホを持ち、読んだり書いたり淡く人と触れ合ったり、今の「おうち時間」とほとんど同じだ。

家にいるように旅をする。旅するように、家にいる。それが私の「おうち時間」だ。