トマト丸 北へ!

本と映画、日々の雑感、そしてすべての気の弱い人たちへのエールを

逃げるが勝ち体験

① 連れ合いの言動には相変わらず愛が無い。そういうスペックを持たない人なので彼はこのままでOKなのだが、誰にも大切にされない生活に疲れてくることがある。定期的に「ひとりになる時間が必要」だ。愛は私の中にいっぱいあるので、一人になれば自然と湧いてくるのだ。連れ合いと一緒に居ると底の無い桶に水を注ぎ続けているような感覚になり、疲れと徒労感が私をむしばみ始める。そうなったら生活の場を離れ、一人になってエネルギーを補充する必要がある。そこは私が生きていくのにどうしても必要なところだから、どんなに不機嫌な顔をされても犬がまとわりついて来ても、一歩も引いてはいけないところだ。さっと出かける。

といって大したことでもない。以前は蕎麦屋だったけれど昨今は気に入りの蕎麦屋まで行くのが無理なので、近所のカフェでまったりするだけ。それでも不思議なほど元気が出てくる。こわばっていた顔が柔らかくなり、まるまった背筋が伸びる。一つ一つのタスクを楽しむ余裕も出てくる。逃げること、場所を変えることはすごく自分を助けてくれる。

② その、逃げ込んだカフェでのこと。

  よく行くカフェはチェーン店の普通のカフェだけれど、ムース状になったミルクが載ってるコーヒーが好きなのとスタッフの人たちが普通よりちょっと多めに親切なので、プリペイドカードを買って週3くらいで通っている。かかっている曲が気に入って曲名を尋ねた時にやさしく教えてくれたり、笑顔で応対してくれたり、いつも頼むコーヒーを覚えていてくれたり、ささいなことだが気持ちを明るくしてくれるものだ。

 ここのところ様子が変わったなと思っていたのだが、今朝は ちょっと? と引っ掛かった。マニュアル通りの応対に彼女はごく微量の嫌悪感を忍び込ませることに成功していた。「変なばあさん」だと思われているのかも? と気持ちが曇る。何かあったのか、私の気のせいなのか、それは分からない。

原因や事情の探求はせず、私は即その店を出た。今までの私だったらオトナシクその店で居心地の悪い時間をやり過ごしたかもしれない。こんな小さなこと気にしなければいいのかもしれないが、結果気分転換は果たされず嫌な気分のまままた家に帰ることになったかもしれない。でもそうはしなかった。結局珈琲店はいくつもあるし、どこもそう味に差があるわけではない。悪い気を感じたらすぐに立ち去るに限るのだ。

次のコーヒー屋さんでフツーの接客を受け普通にうまいコーヒーと楽しい一人時間を享受した。220円でそれ以上何を望むだろう。

「逃げるが勝ち」だと実感した2つの出来事だ。