トマト丸 北へ!

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「努力の及ばないことがある」などと当たり前のことを言って人の気を下げるのは止めてほしい

「なんでもトライしてみるのはいい。努力は報われるから。しかし、不可能なことはあるから、向いていないことは止めた方がいい。たとえば、80過ぎた人が今からオリンピックを目指すとか」というような意味の文章を読んで不快になった。

どこの年寄りがオリンピックを目指すだろう。

しかしもし目指したとしても、80代のオリンピックを企画するとか、若返りの薬を発明するとか、いろいろ夢のある方法が考えられると思う。せっかく何かしたいと思ってる人に対して「無理なことは止めた方がいい」と毒にも薬にもならない常識を得意そうに言っちゃってさ!

「天才は99パーセントの努力と1パーセントのひらめきだ」というエジソンの言葉を解説して、これは実は99パーセントの努力をしても1パーセントのひらめきがなければだめだという意味なのだと述べている文章を読んだ。

おまえはエジソンか? この世にエジソンは一人しかいない。あなただってエジソンではないでしょう。また、努力で及ばないことがあるにしても、別にエジソンにならなくても、自分のなりたいものへ向けて努力しただけでも全然いいんじゃないかと思う。頭で損得を判断して何もしないより、ずっといいでしょう。

そもそも「努力で及ばない」と理解するためには努力を積まなければならない。自分としては精いっぱい努力した後に、「ああ、努力ではどうにもならないんだな」と悟るのだと思う。

始めから向いていることをやったほうがいいとは言うが、向き不向きもいろいろやっての結果ではないのか。

また、向いているというのも、個人個人の中でのことだ。一流や天才になれる才能が誰にでも最低1つは備わっていると言うなら、それをやらないのは惜しい。でも、たいていの人は天才、ひとつも持ってないんじゃないだろうか。

一流や天才以外はだめってことなら、大部分の人は生きている意味がないことになるのではないか。

お笑いを目指す売れてない若者に、「ダウンタウンは最初から輝きがあった。今輝きがないのは才能がないってことだから止めたほうがいい」と言っていた芸人の人がいたが、明石家さんまダウンタウンになれなかったらダメってことなら、たいていの芸人はダメってことになる。彼らのの天才はなくても、そこそこ食べて行けてる人もいるでしょう。言ってる当人だって、加藤茶でもなければたけしでもないでしょう。心配しなくても、食べていけない日々が続いたら本人が次の一手を何か考えるだろう。そこで止めるという選択をしたとしても、始めから諦めるよりずっといいと思う。

ほんとに好きなことなら、向き不向きを考えずにやってみるのがいいと思う。頭で考えて天秤にかけて、リスクを回避して行動する先に楽しさはない気がする。

ていうか、向いてないことは止めようということになれば、私など生きることを止めなくちゃならない。何をやっても人に負けるし、幼稚園時代から人間関係は絶望的だし、ブスだし、性格も悪いし、頭も悪い。これと言って他人に勝ることが見当たらない。生きることに向いてないとしか言いようがない。それでも細々と命をつないでいる。一杯のコーヒーを美味しく飲むというような小さなことを楽しんで。あまり人に読まれないブログを書いたりして。

何かやろうと燃やしかけている小さな火にバシャッと水をぶっかけるなんて、粋じゃないね。