トマト丸 北へ!

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「グリーンブック」 何度も観たい、二人のおじさんの上質なロードムービー

 

 監督 ピーター・ファレリー

トニー・リップ・バレロン  ビゴ・モーテンセン

ドクター・ドナルド・シャーリー  マハー・シャラ・アリ

 

クラブの用心棒トニーは改修工事で休店中の仕事として黒人のジャズピアニストの運転手になる。ディープサウスを旅する仕事だ。1960年代の、今以上に黒人差別がはびこる南部の旅は危険で苦難に満ちていた。

トニーは粗野で武骨で教養もないが、美しい妻と二人の子供を愛する暖かい心の持ち主だ。そのトニーにも差別の心はあった。台所の配管修理に来た黒人たちに飲み物を出したドロレス。作業員二人が使ったコップをトニーはゴミ箱に捨てる。トニーの留守に黒人が家に来ているので親族の男たちはドロレスをガードするために集まっていた。イタリア人も差別される存在でありながら、やはり黒人を差別し、信用していないのだ。

トニーは生活のためにドクの運転手を引き受けた。ドクは天才ピアニストでいくつかの博士号を持ち、教養もプライドも高い。運転するトニーと後部席で膝に毛布を置いて坐っているドクは、最初ぎくしゃくとして様々なことで対立する。

約束したスタンウェイではないぼろピアノを用意されたり、物置のような楽屋を提供されたり、屋外のトイレをあてがわれたりするドク。彼は恵まれた才能ある黒人として優遇される面もありながら、それゆえに他の黒人たちの仲間にもなれず孤独の中でこれらの差別に耐えることを強いられていた。ドクはまた、性的マイノリティでもあった。

トニーはドクの孤独と誇りを理解し、彼があえて南部の演奏旅行をする勇気に心打たれ、仕事としてだけでなく人間としてドクを支えるようになる。ドクもまた、トニーの暖かい人間性と一本筋の通った生き方に触れて心を開いていくのだった。

人は人生に好きな絵を描くことができる。ゆえなく他人を差別して憎しみの絵を描き上げる人もいれば、人種差別の厳しい中でなお信頼と友情を築くこともできるのだ。これが実話だということに励まされる。

ドクとトリオを組むベーシストは、ドクがあえて南部の演奏旅行をする理由を、「才能だけじゃだめなんだ。勇気が必要なんだ」と説明する。このことばを聞いて、ドクがひとりでウィスキーを飲む姿や差別を乗り越えて浮かべる寂しい微笑みに改めて心打たれた。このドクの微笑みは全編を通じて人の心をつかむものだ。

演奏旅行の最後のホテルで、ドクは「VIP」と言われながらもレストランで食事するのを断られる。「しきたりですから」と慇懃無礼に言い張る支配人。「レストランで食事できないなら演奏はしない」と言っても、聞き入れられることはない。ドクの瞳に絶望が宿る。なんとか事態を打開しようとするトニーにドクは、「君が言うなら演奏しよう」と言う。支配人はトニーにドクを説得させようとする。

そのときトニーは、「こんなところ、出て行こうぜ」と答えた。二人は契約を蹴り破ってホテルを出て行く。この場面のトニーがいちばん良かった。人間として、ドクの友として、引いてはいけないところだったと思う。お腹の出たおっちゃんだけれども、トニーは最高にクールなかっこいい男なのだ。

やり切れない酷い差別の場面の連続が淡々と描かれていく映画だが、後味は暖かい。

クリスマスイブに帰宅するというドロレスとの約束を守るために、夜通し運転し睡魔に襲われるトニーに代わってドクが運転をし、二人はニューヨークへ戻る。一族のクリスマスディナーの席に、尋ねてきたドクも席を用意される。ドクに抱き着いて「ありがとう」とささやくドロレス。その終わり方もしゃれたものだ。