トマト丸 北へ!

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意見を言わないことが賢い処世術なのか

私はそうは思わない。「賢い」人たちが意見を言わないでいる間に、世の中が変な方向へ進むこともあるからだ。個人的にも保身だけの人生が楽しいとは思えない。自己保身に長けた人たちの「沈黙」という行動は、長い目で見れば大きなリスクをはらむものだと思う。

タレントが政治的な意見を言うと批判されることがある。スポーツ選手はオリンピックについて意見を言わなくていいとされている。

テレビの「コメンテーター」の人たちは自由に意見を言ってるようにも見えるが、「差別はいけない」「殺人はいけない」というようなあたりさわりのない一般的な感想ばかり。特に「MC」と言われる人たちの姿勢をよく読んで発言している。次から呼ばれなくなるのは怖いから、これは当然だと思う。「MC」は局の意向に沿って番組を運んでいくのだと思う。スポンサーの意向ということなのかも知れない。テレビはそういうものだから、仕方がないのかもしれない。

でも、そうでないところでの発言さえ自粛、忖度が必要で、それなしに「自由に」発言すると「タレントのくせに」などと言われる。芸能界のことは知らないが、もしかしたら干されたりすることもあるのかもしれない。しかしそんなことより何より、世間一般が「意見の表明」に対して批判的なのだ。

これって、間違ってないですか。

オリンピック、やっていい、やりたいという考えもありだと思う。人それぞれ自分の意見があって当たり前だし、どんな考え方も自由だ。私自身はオリンピック、なくていいと思っているけれど、それが正しいと言う確信はない。でも、なくていい、と言う権利はあると思う。役者さんやスポーツ選手もそれは同じだ。

私は自分の意見を持たない役者やタレントを素敵だとは思わない。スポーツ選手が自分の考えを持つ人間ではなく操り人形だと言うなら、どんな素晴らしい演技をしても感動できない気がする。

政治的な意見を言っても何もとくはしない。確かにそうだと思う。日本は特に(他の国を知ってるわけではないけれど)そうなのではないか。意見を言っていいのは、ある程度権力のある人だけで、その他の人々は強い人に従ってればいいのよという雰囲気がある。意見の内容より、誰が言ってるかが重要とされる。民主主義なんてどこにもないのだ。専門家でない普通の人や芸能人が自分の意見を言うと、その内容よりも「その分際で発言した」ことが非難されたり、する。権力が自分たちに都合の悪い意見を封じようとするのはまだ分かるが、一般大衆が自ら「意見を言う一般人」を非難するのだ。「モノ言えば唇寒し秋の風」という風潮。

この風潮はどこにでも見られる。

数十年前ある生協の役員みたいなことをしたことがあるが、完全な上意下達で、上の人の方針を下へ押し付けることが仕事のようだった。平和団体と言われるところもちょっとだけ会合に参加したことがあるが、上下関係の厳しさや下の人間の人格の否定にびっくりした。右も左も関係なく、一般的に「意見を言わないで長いものに巻かれ」「できれば長いものに上手に巻かれて利権を得る」ことが「賢い処世術」となっているのだと思う。ちなみにどちらの団体でも空気の読めない私は素朴な意見をうかつに表明して、すぐに追い出された。

こういう空気、ほんとうは危険だと思う。みんなが安全策を取り「賢く」行動している間に世の中が自然に良くなっていくことはあり得ない。また、「賢く世渡り」している人は一時期豊かな暮らしをするかもしれないが、ほんとは幸せじゃないのではないかと感じる。「意見を言っても何もトクしない」と言った人のCMを観るたび、操り人形を見ているようで可哀そうな気がする。すごいお金持ちなんだろうけど、かわいそう。

個人の感想ですが。