トマト丸 北へ!

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アトミヨソワカ、後悔先に立たず、でもこの後悔はいらない

車検で代車を出してもらって。終わったので車を取りに行ったとき。荷物を入れ替えてから返す車の中をもう一度あらためた…つもりだったが、もう家に近くなってから、むくむくと心配になってきた。リアシートの下、見たっけ? 見たけど、よく見たのか?

見た見た、と不安を打ち消して帰宅。夕食を食べながらまた、もしかしたら何か忘れているかもと不安が募る。夕方で短くなり始めた日はもう沈みかけていた。薄暗い車のリアシートの下を、ちゃんと見たっけ?

もう一度じっくりと意識して確認すればよかった。それか家に帰る前にディーラーへ戻って確認すればよかった。車を路肩に止めてから電話して確かめてもらえばよかった。等々。

でも、もうどうしようもない。忘れたものが何なのか確定しているわけではない。ただ、ちゃんと見なかったかもという後悔が消えないのだ。

よく、こういうことがある。外出するとき「消した消した」とガスなどを指さし確認するのだが、声に出して確認をしないで出てしまうとしばらくして不安になる。エレベーターホールに着くまでは「消した消したしなかったけど、だいじょうぶ」と強気なのに車を出してしまって取り返しがつかなくなってから、急に本格的に心配になるのだ。そして自己嫌悪の虜になる。

対策を考えた。

①ワタクシは物忘れをするヘタレだとしっかり自覚する

②アトミヨソワカを徹底的に習慣にする

③物を減らす(私の場合一度に3つ以上のものは管理不能だから、手荷物は3つ以内にまとめる、家の中も車の中も最小限のものしか置かない)

④何かするときは、はっきりと意識して行う(漫然としない)

⑤ワタクシは欠点・弱点が多い人間だし、失敗も多いし、これからも失敗するのだからいちいち気にしない

特に⑤は、役に立つ対策だ。そもそも失敗を気に病んでしまうのは、「私としたことが」と自分を高く見積もりすぎているからなのだ。自慢ではないが、今まで完璧に物事をやり遂げたことなど一度もない。失敗のなかった一日も存在しない。後悔のタネに事欠かない。それがワタクシなのだ。

たとえばワタクシが「ノーベル文学賞に選ばれなかった!」とがっかりしていたら笑っちゃうだろう。ワタクシごときが完璧を目指すのはそれと同じようなものだ。物忘れなど当たり前なのに今さら嘆くことはないのである。その嘆きの時間も心配も無駄だった。

でもこんなに気になるのは、実際に何かを忘れているのかも。