トマト丸 北へ!

本と映画、日々の雑感、そしてすべての気の弱い人たちへのエールを

柳美里『JR品川駅高輪口』 河出文庫

「あなたは 死にたい人?」

SNSで知り合う自殺志願者たち。その小さな人の輪は首括りの縄に似ている。

家庭にも学校にも居場所の無い少女が、ゆるやかに締まっていくその輪の中で自分をみつめている。

「うざい」とか「アホちゃうか」とか冷たいことばも混ざりながらもだんだんと話がまとまり、一緒に死のうと決める4人。互いに信頼し合えるわけもなく、腹を探り合いながらの死出の旅だ。

1人ではできない自殺がみんなと一緒ならできる。自殺という目的で知り合ったのに、こういう人に出会えていたら死など考えずにすんだかもしれないと思ったりする。

人間はこんなにも人とのつながりを求めている、せつない愛しい存在なのだ。

やさしさに飢えているのなら、死を目前にした一日という期限付きのものであっても何とかそのはかないやさしさにすがって生きられないものかと思ったりもする。

ハブられてどこの輪にも入れない辛さは、身に沁みてわかる。

主人公モネの友人「イツメン」たち。

「イツメン」とは「いつも一緒のメンバー」だとはじめて知った。

中心にいる少女は「日菜子さま」。カラオケで歌う曲も食べるものもみな、日菜子さまが決める。誰かをハブることも。

変だな、違うなと思いつつもモネは、どこかに属していたいという強い思いからそのグループにしがみついている。モネの気持はわかる。

年はとっても私もごく最近まで似たようなものだった。けっこうおもねってもいた。おもねりつつもおもねりとおせず、ふっと気を抜いた瞬間にボスに逆らってしまっていて、怒りを買って追い出される。「小学生かよ!」ってことが60過ぎてもあるのだ。それでもうグループは諦めたのだ。一緒に旅行したり、山に登ったり、それが楽しいというより「私にも一緒に行動する人たちがいる」ということで安心し、これで世間に顔向けができるような気になっていた。でも、いつもひとりになりたいと思っていた。旅の宿で個室でなくて同じ時間に消灯するのが苦痛で、夜中に抜け出して廊下で本を読んだりしていたのだ。

なんか、モネと似てるところがある。居心地の悪さが似ている。

モネは家庭でも居場所がなく、父親は浮気、母親は弟の受験のみに注意を向けている。だれもモネには関心がないのだ。モネを可愛がったのは亡くなったおばあちゃんだけ。

私も似たようなもので、無条件に可愛がってくれた人と言えば母方の祖父だけだ。

いっつも輪の外なのだ。

モネも輪の外にいる。輪の中に入る方法は自殺グループに加わることだけのように見えたかもしれない。どこにもハマれないなら、いっそ誰からも離れたところに行こうと思ったのかもしれない。

モネの物語の結末は救いなのか、新たな絶望への入口なのか、それはわからない。

英語の時間、隣の席の春奈が当てられて困っているモネにそっと教科書を見せてくれた。

「まだ自分の窮地を救ってくれる人がいるなんて……」

涙がこぼれる。自分は「生きている」と思う。