トマト丸 北へ!

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『狐笛のかなた』 上橋菜穂子 理論社

「これは、私の心の底にある<なつかしい場所>の物語なのです。」とあとがきに書かれている。

日本的だけれども、いつのものでない、どこでもない世界の物語。上橋さんの他の作品と同じく、読者はするっとその世界に入り込み、体験することができる。

この物語の完成まで十年以上かかったというのにも驚嘆した。きっと彼女の中でこの物語の世界が生き生きと根付くまでには、そのくらい必要だったのだろう。

これは野火と小夜の種族を超えた恋の物語だ。霊狐と特殊な能力を持つ人間。彼らは次元を越えて愛し合うようになる。

始めに小夜が逃げてくる子狐を懐に庇う場面がとても印象的だ。ただ哀れに思ったからではない。たぶん、彼と自分との縁を直感したのではないか。

救いの無い過酷な運命の下に生まれた二人は愛の力で宿命を乗り越える。

終わりのシーンもとても素敵。

優れた物語は、読む者の心の中にいくつも<なつかしい場所>を持たせてくれる。