トマト丸 北へ!

本と映画、日々の雑感、そしてすべての気の弱い人たちへのエールを

村上春樹『村上ラヂオ』 マガジンハウス

村上春樹 文

大橋歩  画

 

村上春樹のエッセイ集の中でも特に好きな一冊に入る。もう何度も読んで、本もちょっと古い感じになっている。

大橋歩さんの絵がすてき。高校生くらいのときかな、「アンアン」が創刊。田舎の女子高生は「東京」へのあこがれをこの雑誌で満たしていた。「ドンクのパン」とか、食べたかったな。

このエッセイは2000年ごろアンアンに連載されたものだそうだ。

p58「りんごの気持ち」。「サイダーハウス・ルール」、いい映画だった。このエッセイはあのころ書かれたんだ。村上さんも観ておられると思うとうれしい。酸っぱいりんごは苦手だけれど。

p86「オーバーの中の子犬」。写真に撮られることが苦手で「カメラを向けられたとたん、ほとんど反射的に顔がかちかちにこわばってしまう」という村上さん。実は私もそうなのだ。けっこう困ってしまうことが多いのだが、そんな欠点も村上さんと同じだと思うとうれしい。岸田衿子さん作詞という「こいぬはなぜあったかい」という歌の歌詞がとても好きだ。私も、いつもオーバーの中に子犬を入れて歩きたい。

高校生の頃捨て犬の飼い主が見つかるまでということで一日だけ子犬を預かったことがある。学校から制服の上着の中に子犬をしまって連れて帰った。臭かったのでスカンクタンと名付けてタオルで拭いてやった。翌日また上着の中にあたたかい子犬をしまって学校へ行った。別れるとき名前を呼ぶと、もう覚えていて私の方へ歩いてきた。

p122「あ、いけない!」。村上さんの全エッセイの中でいちばん好きかもしれない。ストックホルムでレンタカーを借りた村上さんたちはスカンディナビアン・ブルーの五月の空の下、デンマークをめざす。車はサーブ9-3だ。「マニュアル・シフトはまるでバターを温かいナイフで切るみたいに、クイックに滑らかに決まる。」そんな人生でもっとも幸福だった朝の後に続く悲劇のエピソードが(他人のことなので)笑える。