トマト丸 北へ!

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わたしの「押し」が不幸になる理由を考えたら子どもへのスタンスが変わった

私の「押し」は不幸になる(ことがある)。

きらきら輝く可能性のあるタレントを見つけるのが私はうまいと思う。私の「押し」はたいてい躍進する。

ところが輝きの絶頂でこける(ことがある)。

芸能人の浮き沈みはわかりやすい。見ている間に、そうなる。

もちろん私に人の運命を左右するような力は無いが、それでも少しばかり影響はあるのではないかという気がしてきた。私や、私に似た人たちのエネルギーが注がれると、注がれた人の足を引っ張ってしまう気がしてきた。心に闇があって、暗い気持ちから逃れようとしてテレビや映画の中の人物にすがると。

やっぱり注がれるのがネガティブな人のエネルギーかそうでないかが関わってくるのではないだろうか。

たとえ「応援」であるにせよ、ネガティブな人のエネルギーを受けることはけっして受け手の波動を上げることにつながったりしないのだと思える。下げることもあるのかもと思うと恐ろしい。

芸能人は多くの人間のすごいエネルギーを放射されてスターになっていくのだろう。注がれるエネルギーにはポジティブなものもあればそうでないものもあるに違いないが、それらすべてを揚力として上昇し、天空にあり続ける。

でももしピンポイントでネガティブなエネルギーを受け止めてしまったら…… ちょっとした心の隙に変なエネルギーがぴゅっと入ったりしたら。

どうしても応援したくなる人がいる。

その人のためを思うなら、明るい温かい波動を発したいものだ。そうでなくては贔屓の引き倒しになっちゃうかも。因果関係はもちろん不明だが、そんなこともあるかもと思ったりするのだ。

そこから自分の子どもたちへの対応を考え始めた。

私のいちばんの押しは子どもたちだから。

時々心配でならなくなる。何か言ってあげなければと焦ったりもする。それって良くないのではないか。

成人した彼らに私ができることはもうほとんど無いのが事実だ。

今の結論はこちら。

①相談されないかぎり心配しない。助言もしない。

②信じてあたたかく見守る。

③来る者はこばまず。遊びに来たら歓待していい。

④去りゆく者には祝福を。寄り付かないときは遠くから幸せを祈る。

⑤自分自身が明るく生きて幸せでいる。安心の波動の存在でいる。これがいちばん大切かも。

この五つのモットーで自分も楽に生きれそうな気がしている。

もしかしたら自分の親もこんな気持ちだったのかもしれない。