一気に読んだ『十二国記』の三、四冊目。これがまたまためっちゃおもしろいのだ。
平凡な事なかれ主義の高校生陽子は毎夜、妖獣の群れに追われる夢を見る。最初ははるか彼方の地平線のあたりに淡い炎のように見えていた妖獣たちは夜を重ねるにつれてしだいに陽子に近づいてくるのだった。なぜか体が動かず、逃げることもできずに立ちすくむ陽子。ついに妖魔たちの表情まではっきりと見えるほど追い詰められ、眠ることが恐ろしくなる。
寝不足でつい居眠りしてしまった授業中、妖魔は陽子まであと200mほどのところにまで迫っていた。授業中にうなされて大声を上げてしまうという失態のために呼ばれた職員室に、陽子を訪ねて金髪の青年が現れる。
タイホと呼ばれるこの青年に拉致されるようにその場から連れ去られる陽子。タイホは「ここは危険です」と言うだけで何も説明してくれない。切羽詰まった雰囲気の中陽子は狒狒に似た化け物に抱えられるようにその場を逃れる。夢で見た妖獣が陽子に迫っていたのだ。
タイホや謎の女性が陽子をかばって逃げる。
陽子は「いやっ!」「逃げて!」などと叫ぶことしかできない。このままでは命が危ないと脅され、有無を言わせず銅色の毛並みのふしぎな獣にまたがって逃げるうちに、タイホたちと離れ離れになり、ただひとり海岸に横たわっている自分に気づいた。それは知っている場所ではなく、日本ですらないようだった。しかたなく立ち上がり、歩き始める陽子。
そのときから陽子の孤独な冒険が始まった。
一口で言ってしまうとなんとかタイホを探して日本に帰してもらおうと苛酷な旅を続ける陽子の成長の物語ということになるのだが、その怪奇な内容、圧倒的な世界観は実にそんなものではないのだ。
これは「読むべし」と言うほかない。
そして面白いだけでなく深い。
天涯孤独の身となり苦しい旅をする陽子は、わたしに似ている。
はじめのうち、「いや!」と叫び逃げようとするだけだった陽子は、人生の苦難に遭うとすぐに泣きごとを並べていた時期のわたしにそっくりだ。次に誰でも信用して助けてくれそうな者にはすぐについて行ってしまうという時期も、たしかにわたしにはあった。そして次々に裏切られ、もう誰も信用できないと思うところも。
しかし陽子は最終的には諦めない。「誰も惜しまない命だから、自分だけでも惜しんでやることにしたんだ」。
「それでも、二度と他人に利用されるのだけは御免だ。誰であろうと自分に危害は加えさせない。必ず、自分を守ってみせる。」という決意。
ついに陽子はなんの見返りもなく自分につくしてくれた楽俊を見捨てて立ち去ることさえするのだった。
しかし陽子は自分自身を取り戻した。
「陽子自身が人を信じることと、人が陽子を裏切ることは何の関係もないはずだ。陽子自身が優しいことと他者が陽子に優しいことは、何の関係もないはずなのに。
この広い世界にたった独りで、助けてくれる人も慰めてくれる人も、誰一人としていなくても、それでも陽子が他者を信じずに卑怯に振る舞い、見捨てて逃げ、ましてや他者を害することの理由になどなるはずがないのに。」
「強くなりたい。
世界も他人も関係がない。胸を張って生きることができるように、強くなりたい。」
くーっ、かっこいい!!!
この陽子の思いはすべての少女の思いだと思う。陽子がたどった道はみんなが通る道であり、陽子が最後に立つ場所は、みなが目ざす場所なのだ。
「陽子は故国で人の顔色を窺って生きていた。誰からも嫌われずに済むよう、誰にも気に入られるよう、人と対立することが怖かった。いまから思えば、何をそんなに怯えていたのだろうと、そう思う。
ひょっとしたら臆病だったのではなく、単に怠惰だったのかもしれない」
「わたしは貧しい人間で、だから貧しい人間関係しか作ってこれなかった」
自分はただラクがしたかっただけなのかもしれないと陽子は思う。卑怯で、怠惰だった。「生き直したい」と陽子は強く思うのだった。
この陽子の感慨は、最近のわたしの気持ととても良く似ている。それそれ、という感じだ。
また、旅の間中陽子に意地悪なことを言い続ける「蒼猿」も、実はすべての人間に取りついている化け物だと思う。不安、疑い、やり切れない思いを拡大して突き付けてくる。耳元で心を痛めさせること、自分を恥じさせることをささやき続ける者が、確かにわたしの側にもいる。最後に陽子は蒼猿を……
「あまりの面白さに夢中になって読みふけり、気がつくとなんだかむくむくと元気になっている。これはそういう物語だ。」北上次郎さんの解説の結びがすべて言いつくしている。