トマト丸 北へ!

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斉藤一人『愛とゆるし』より「世界中が敵にまわっても自分を愛する」こと

世界中が敵にまわっても自分を愛する。これができないことが不幸の原因なの。それは自分をゆるしていないってことなんだ。

自分を愛し、自分を優先する。

好きなことをやって自由にする。

先日ある審査の必要があって認知症の検査を受けた。「今日は何月何日ですか」「ここはどこですか」というような質問。

そうか、こういうことができるかどうか定かでない年代に突入したんだと思い知る。今はまだ「なんでこんな質問を?」と訊かれることそのものに忸怩たる感慨を覚えるのだが、そのうち答えられなくなるんだろうな。当たり前のように出来たことが当たり前でなくなる。その逆もあるだろう。出来なかったことが出来るようになる。年をとるからと言って出来なくなることばかりではない。

「自分を愛する」ことも、出来る人にとっては当たり前なのだろうが、出来ないひとには、「そうか、堂々と自分を愛していいんだ。むしろそれが必要なんだ」と目からウロコである。

ちょっといいことがあって喜んでいると家族から「いい気になってる」「調子に乗ってる」とバカにされてきたのがいけないのだと思う。

いや、やっぱり自分の問題かもしれない。なぜってもう大人だから。その人たちはもう傍にいないのに、自分独りでまだやってる。脳内ネガティブの自給自足。

とにかくこの本に勇気づけられた。

味方がひとりも居ないように感じられるときでも自分だけはここに居て、自分の味方。そこが揺るがなければいいんだ。

自分が自分の味方であれば、質の悪い人にまで嫌われまいと努力したりしないですむ。

自分のすべてを許す。愛はそこから始まる。

そうだよね。自分を愛せないのに人を愛そうとするなんて、空の井戸から水をくんで他人に飲ませようとするようなもの。まず自分からなんだな。