トマト丸 北へ!

本と映画、日々の雑感、そしてすべての気の弱い人たちへのエールを

『地の果てから』(乃南アサ著)を読んで「男に従っていてはだめだ」と思った。

【あらすじ】

「登野原とわ」は2歳で父母に連れられて福島から北海道へ移住した。父の実家は裕福だったが長兄に甘やかされた末っ子の父は農業を捨て東京で刺激の多い暮らしをしようとする。相場に手を出し一時はうまく行って故郷に錦を飾ったもののじきに転落して莫大な借金を背負う。追い詰められた彼は「一年で収穫も夢ではない」という言葉にだまされて妻の「つね」、長男「直一」、そして2歳のとわと一家四人で新天地をめざしたのだ。 

北の大地は想像もしなかった苛酷さで一家を困窮させる。木を伐り熊笹の根を断ち、やっとの思いで植え付けた農作物はバッタの被害で全滅。その次の年も、次の年もバッタの跳梁は続く。食べるために漁師などの出稼ぎをするものの生活に疲弊した父親は酒浸りになり、妻子を捨て、最後は酒に酔って海に落ちて死ぬ。

夫を失い、故郷の福島へ帰ることもできないつねは再婚する。男児三人と舅のいる男だ。つねも直一もとわも、心身ともに惨めな生活だった。

直一もとわも頭が良かったが、高等小学校へ進むことすら許されなかった。とわは函館の大きな商家へ子守として雇われた。

仕事は苛酷で一日も休めず藪入りも許されなかったが、食事は十分で他の女中たちもやさしかった。しかし重なる不幸で主人の商売は傾き、とわは暇を出される。

故郷へ戻って大病をした後とわは作四郎という男と結婚する。初恋の男三吉への思いを無理に断ち切ったとわは夫と心が通い合わないままで、やがて作四郎も酒に溺れるようになった。

しかしとわは子ども二人を育て上げ、つねも最期には義理の息子に大切にされるようになった。

 

【元気いっぱいだった少女が苛酷な生活にくじかれる】

読ませる。

ひとりひとりの人間の描写、自然の描写。くっと映像が浮かび目の前を総天然色で流れる。

でも話が進むにつれて失望する。

走るのが抜群に早く、生き生きとして強い精神を持つ自然の子「とわ」は、どんどん負けて行くのだ。貧しさ、苛酷な自然、硬直した社会制度などがどんどんとわを蝕む。ただ生きていくために自分を狭い箱に押し込めていかねばならない。

「生き延びる」ということが唯一の目標であり、それ以上のことは考えられない。その「生き延びる」という目標ですらぎりぎりのところでやっと達成できているという状態がずっと続くのだ。

とわは理不尽な義父の暴力へも立ち向かう覇気を持っていた。その覇気も個性も明るさも生き生きとした精神もどんどん無残に折られていく。自分を殺して生き延びる、恋したアイヌの青年とも引き裂かれる。

あんな可愛い素晴らしい少女がどんどん心折られて行く。愛を失い、心染まぬ結婚をし、子どものために心身を削って生きることを余儀なくされるのだ。

うんざり。これってよくあることだと思う。子どもが世の中によって生きる喜びを奪われ、どんどん心身を折られて行く。それが生きることなら、なんと空しいのだろう。

 

【弱い男と生き抜く女】

男は弱い。

とわの不幸の原因は社会とそして男たちだ。三吉もとわの夫も、それ以前にとわの実父や義父も弱い。とわが子守奉公をした小樽の商店の次男も、弱い。人生がうまく行っているときはやさしさも明るさも発揮されるが、ひとたび坂を転がり落ちると踏みとどまれず自ら底まで落ちていく。

とわは男たちによって心身を折られていくが、その男たちは社会と自然の苛酷さに折られた。

なんとかならないのかと歯噛みする思いだ。

時代の差があっても、とわは男たちを無視して違うところで生きるべきだった。生きる力のない男たちをいくら立ててみたところで暴力に甘んじるくらいが関の山なのだから。

そして男たちも社会にのみこまれずに強かに生きてほしい。

とわの母である「つね」が子どもたちに吐くようにして言った「お国のいいなりになってはだめだ」ということばが胸に響いた。

国や社会に従う男、男に従う女、同じ構図だ。自分以外のものに翻弄されて、すぐれた資質も勤勉な努力も何一つ報われない。

だが、とわもつねも生き延びた。這いつくばっていたかもしれないが、生き抜いた。男たちのように酒に溺れもせず、自殺もせず、暴力もふるわない。人格崩壊もせず、子どもを育て上げる。

途中では「うんざり」と思ったが、読み終えたとき、生き抜いたとわとつねのしたたかさに心打たれた。

 

【感想】

愚考するに、段階をつけ上下関係を作ることが軋轢を生むのだと思う。男たちも男として無理に女の上に立とうとせず、協同関係を作れば狂うほど追い詰められはしなかったかもしれない。女たちも下について従うのではなく、無理くりにでも対等な関係を作り、一緒に戦う姿勢でいることができれば良かったのかも。

時代がそれを許さなかった。

感想としては、今の時代に生きていて幸せということだ。少なくとも飢える心配はない。それと、内側から崩れて行く人間を支えることはできない。捨てて行くことも必要だと思った。

この小説は別のひとつの人生を生きたような気分にさせてくれる。「やってやろうじゃないか」という気持ちになる。