トマト丸 北へ!

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『かがみの孤城』 辻村深月 ポプラ文庫

 

かがみの孤城 上 (ポプラ文庫)

かがみの孤城 上 (ポプラ文庫)

 

 

 

かがみの孤城 下 (ポプラ文庫)

かがみの孤城 下 (ポプラ文庫)

 

 2018年本屋大賞受賞作。本屋大賞受賞作に外れはない。

学校で居場所をなくし家に引きこもっていた”こころ”は自分の部屋の鏡を通り抜けたところにある不思議な「かがみの城」に通うようになる。城に集められた7人の中学生たちは城の中に自分の居場所を見つけるが、城に通える期間はかがみの城が現れた5月から3月30日までの約1年間と決められており、7人が城の外で会うこともできない。しかし城で過ごす時間は彼らにとって深い意味を持つのだった。

私には”こころ”の気持がほんとによく分かる。正当な理由など何もない言いがかりのようないじめ。それでもクラスの主だった子が中心になってやっている苛めに抗議したり逆らうことはできない。担任の教師すら強い子の味方をする。

私もこんな目にあってきたから、読んでいて辛くなるほど”こころ”が可哀そうだった。私は中学生くらいの精神年齢なのかも。でも、この本が売れているということは、共感している人が多いということだよね。

最初のページで”こころ”が願う奇跡、みんなから好かれる転校生が会った最初から彼女に気づき、他の子がどんなにその子と仲良くしたがっても「わたしはこころちゃんといる」と自分を選んでくれる。「もう、私は一人じゃない」。こんな奇跡を私もずっと願っていた。その一人がいれば自信を持って生き抜けるという気がする。こわばった表情を周囲に隠して平気だというふりをして、でもぜんぜん平気じゃなくてつらい毎日から逃れられる。「そんな奇跡が起きないことは、知っている」。この気持ちも”こころ”と同じ。私も、奇跡が起きないことを知っている。

でも、今の私と比べても”こころ”のほうがしっかりしている。「あなたたちを絶対に許さないから」と心の中できっぱり言うのだから。私はごく最近までそんなことを思うことすらできなかった。誰よりも自分が自分を見捨てていた。「あの人にもいいところがある。いいところを見なければ」「あの人はいい人。あなたがいじめられるのには理由がある」「人を許さなければ自分が不幸になるだけ」等々。自分で自分の「伊田先生」をやっていたのだ。

担任の伊田先生は、真田美織のこころに対するいじめを苛めだと認識せず「女の子同士けんかしたらしい」と言う。「明るくて責任感の強い子なんですよ」と苛めた子をかばうのだ。伊田先生にとって真田美織たちからハブられて学校に行けなくなった”こころ”は疎外された存在であり問題児なのだった。”こころ”の話を聴く前に真田美織から話を聴いてそれを鵜呑みにしていた。

始めは学校に行かない”こころ”を内心うとましく思っていた母親だが、しだいに娘の気持を汲むようになり、娘の側に立って状況を把握してくれるようになった。それはフリースクールの喜多嶋先生がお母さんに”こころ”の気持を理解するよう話してくれたからだった。喜多嶋先生はこの物語のキーパーソンでもある。

しかし子供の成長には親や周囲の大人の理解だけでは足りない。同じ年頃の友人たちと共有する時間も必要だ。”こころ”たちは「かがみの城」に通う中でその時間を得た。

”こころ”たち7人の中学生は少しずつお互いに心を開き成長していく。そして最後にかがみの城の秘密、7人がここに集められたわけが明らかになる。

この物語のメッセージは、自分らしく自然にしていられる開かれた人間関係の大切さだと思う。たとえずっと一緒に居られなくとも、いっときでもそういう関係の人間と過ごせたことは人を強くしてくれるのだ。実は私にも昔そういう人がいたと思う。一度でもそういう関係を築けたら、その「奇跡の人」がいたらその記憶は一生人を温め勇気を与え続ける。そして逆に自分がその「奇跡のひとり」になることもできるのだ。喜多嶋先生のように。