おもしろいだけでなく、別の人生を体験したような気分になれる7つの短編。
表題作「人質カノン」
「そうか、コンビニ友達なんだな、あたしたち」
深夜のコンビニで顔見知りになった高校生。強盗に遭遇して危難を共にしたのに、一件落着して駅で出会ったときはもう他人だった。逸子は自分が抱いていた親近感を裏切られたように感じる。
そんな知り合いも多い。子供のころから知っていて、親兄弟も知り合いで、どこの誰かどんな人か承知の付き合いはごく少ない。
旅で知り合った「友人」の死をハガキで知った。年賀状のやり取りはしていたから遺族が黒枠のハガキを送ってくださったのだ。なんとなく、自殺ではないかと思った。でもぜんぜんわからない。お通夜にも行かない。葬式も知らされない。親しいと思ってたけど、点と点のつながりでしかない。
もっと極端にメールだけの知り合いもいる。何かの事情でメールが来なくなったらそれっきりだ。
そういう薄い付き合いが好ましいと思っているが、幼いころや若いころの顔と顔を合わせ日常を共にする付き合いも懐かしいものだ。
十年計画
自分を裏切った男を殺すために十年がかりの計画を立てた話。
怒りの本質について考えさせられる。怒りの感情って、そのときは感情に支配されたりもするけれど実は幻みたいなはかないものだ。曽我兄弟みたく何十年も親の仇をねらってがんばれる人は少ないだろう。私の場合根に持つタイプなのだが、残念ながら記憶力が人一倍弱い。なんかあったことは覚えているが相手の名前や顔、誰だったのかはすぐに忘れてしまいがち。
過去のない手帳
「過去など関係ない」というアドラーのことばを思い出す。
新しい自分になろうと手帳に自分の名前と旧住所を書いて持ち歩く。引っ越して、名前も変えて別人になって、過去の自分を他人のように見直すのだ。
「手帳」というもの、書き込むことのおもしろさを感じた。
いつも新しい手帳を買うと新しい人生が始まる気がする。引っ越しはそう簡単にはできないが、手帳は簡便な転生のアイテムかも知れない。
八月の雪
この作品もしみじみと良かった。「そこで負けてしまわなければ」
平凡と言える人生も高貴な人生も、生き抜くことに価値がある。生き抜くことで誰かに何かを与えることもできる。
どの作品も、最後の一行までおもしろかった。